「独身で子供がいないと老後が不安」は本当か【データと現実】

独身ライフ・社会

皆さんこんにちは。イマここデイズのごっつぁんです。

「老後、どうするの?」

40代に突入してから、この質問の頻度が上がった気がします。親戚の集まり、同期との飲み会、深夜にふと自分の頭の中から聞こえてくる声。独身で、子供もいない私に対して、周囲も、そして自分自身も、この問いを投げかけてくる。

正直、最初はこの質問が怖かった。

でも、ある日ふと思ったんですよね。「怖い」って感じるのは、根拠があるから?それとも、「独身=老後が不安」という刷り込みに、ただ乗っかっているだけ?

この記事は、誰かの選択を否定したいわけじゃないし、「大丈夫だよ!」と励ましたいわけでもないです。ただ、データと私の本音を並べながら、一緒にフラットに考えてみたい。そういう記事です。あなたの選択を正解にも不正解にもしません。ただ、一緒に見ていきましょう。

まず数字を見てみよう——「一生独身・子なし」は今やマイノリティじゃない

最初に、ちょっとだけ数字の話をさせてください。

「独身で老後」「子なしで老後」って、なんとなく「少数派の悩み」みたいに思われがちじゃないですか?でも、現実のデータはそうじゃないんですよね。

生涯未婚率について言えば、2020年の国勢調査をもとにした推計では、50歳時点で一度も結婚していない人の割合は男性で約28%、女性で約18%に上ると言われています。男性の約4人に1人、女性の約5人に1人が「一生独身」。これ、全然レアじゃないですよね。

子どもがいない人の割合も同様です。国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、50歳時点で子どもを持たない女性の割合は近年で約27%に達するとも言われています。同年代の女性の約4人に1人は子どもがいない。

「独身・子なし=かわいそう」みたいな空気、まだありますよね。でもこの数字を見ると、「いや待って、それって今の日本のかなりリアルな現実じゃん」ってなりません?私もデータ見た時、カフェで一人「え、そんなに多いの?」ってつぶやいてしまいました。

出典:国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」

生涯未婚率の推移(男女別)

男性
女性

0%10%20%30%35%

2000年
男性
12.6%
女性
5.8%

2005年
男性
16.0%
女性
7.3%

2010年
男性
20.1%
女性
10.6%

2015年
男性
23.4%
女性
14.1%

2020年 ※最新データ
男性
28.3%
女性
17.8%

※生涯未婚率=50歳時点で一度も結婚したことがない人の割合(国勢調査ベース)

出典:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」。2025年以降は未公表のため2020年が最新値です。
予測値の参考情報https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bd3034802ae7799bdbbe42f49b43f853b9aff788
さらに言うと、「老後は子どもに頼る」という前提自体も、崩れつつあります。
主な介護者の内訳を見ると、配偶者が最も多く、次いで子ども、そして介護サービス事業者という順番。でも、実際に施設やプロに介護を任せるケースは年々増えており、「子どもがいるから老後は安心」という等式は、もはやシンプルには成立しない時代です。「子どもに頼る老後」という絵自体が、すでに現実とズレてきている。

「子どもがいれば安心」は本当か——メリットとデメリットをフラットに見る

ここは感情を抜きにして、できるだけフラットに書きます。「子どもを持つこと」を否定したいわけじゃないし、肯定したいわけでもない。ただ、現実として何があるかを整理したい。

子どもがいることの、現実的なメリット

正直に書きます。子どもがいることの「老後への安心」として挙げられるのは、主にこういうことです。

緊急時の連絡先・意思決定の代理人になってくれる可能性がある。病院の手続き、行政の対応、亡くなったあとの手続きなど、「誰かがやってくれる」という安心感は確かにある。

精神的なつながりの一つになりうる。これは数値化しにくいですが、孤独感のクッションになる可能性はあります。

ただ、「可能性がある」「なりうる」という表現を意識的に使っています。これは曖昧にしたいわけじゃなくて、現実がそうだから。

子どもがいることのリスクも、現実にある

これを書くのはデリケートだとわかっています。でも、フラットに見るために書きます。

子どもが親より先に亡くなるケースは、統計上存在します。病気、事故、様々な事情で。それは誰にも防げない。

子どもと疎遠になるケースも、珍しくありません。家庭内の問題、価値観のズレ、地理的な距離。「子どもがいるから老後に会いに来てくれる」は、保証ではないです。

そして、子どもに経済的・体力的な負担をかけることへの罪悪感の問題。老後の親の介護負担が、子どもの人生を圧迫しているケースも少なくない。「老後の安心のために子どもを持つ」という発想は、子どもの側から見るとどうなのか、という話でもある。

「子どもがいれば老後は安心」という等式は、成立しないことの方が多い。これは子
どもを否定しているんじゃなくて、現実の話として。

出典:厚生労働省「国民生活基礎調査(令和4年)」をもとに作成

老後の主な介護者は誰か?

配偶者
22.9%
 

パートナーが主介護者になるケースが最多。ただし配偶者自身も高齢のことが多い。

子ども(別居含む)
16.9%
 

子がいても実際に介護を担うのは全体の約1〜2割。子の配偶者(嫁・婿)を加えても約22%。

介護サービス事業者
15.3%
 

訪問介護・施設スタッフなどプロが主介護者となるケースが急増中。

その他(別居親族・友人等)
44.9%
 

複数の支援者・複合的なケア形態など。

💡 ここがポイント

「子どもが介護してくれる」のは全体の約17%。
介護サービス事業者(プロ)による支援は子どもとほぼ同割合です。
子供がいなくても、社会的なサポートで十分に備えられる時代になっています。

私の本音——「老後が不安」の中身を分解してみた

さて。ここからは私の話をします。

「老後が不安」って言葉、よく使うけど、中身ってふわっとしてませんか?ある日、私は「自分が何を怖がっているのか」を、ちゃんと書き出してみたんですよね。

お金?健康?孤独?死?それとも、「何かをやり切れなかった後悔」?

ゆっくり考えたら、私が一番怖かったのは、「誰にも看取られずに死ぬこと」じゃなくて、「誰にも気づかれずに生きること」だったんですよね。孤独死より、孤立した生。これ、ちょっとびっくりしました。自分でも。

そしてもう一つ気づいたのが、「独身でここまでやってこれた事実を、私はちゃんと認めていなかった」ということ。

家賃も払ってきた。仕事も続けてきた。病気になっても自分で病院に行って、自分で薬を買って、自分で治した。誰かに頼らないと生きていけない、じゃなくて、ひとりでここまでやってきた。それって、普通にすごいことなのに。なぜか「でも結婚してないし」「でも子どももいないし」で、帳消しにしてきた。

完全に自分で自分を値引きしていました。認めます。

それと、もう一つ正直に書くと。「何かがあれば、幸せになれる」という考え方に、私もずっとどこかで乗っかっていた気がします。「パートナーができれば」「子どもができれば」「老後の準備が整えば」——そうじゃなくて今は不完全、みたいな。

でも、その発想って、結局「今の自分」を常に不足として扱うことじゃないですか。それって自分も不幸だし、もし誰かとの関係に「幸せにしてくれる」を期待したら、相手にとっても重い。誰かを救済装置にするのは、やめた方がいい。

「自分次第」という言葉の、本当の意味

「結局は自分次第でしょ」って言葉、よく聞きますよね。

でもこれ、けっこう乱暴に使われることも多くて。「努力しろよ」みたいなニュアンスで言われると、ちょっとしんどい。だから私なりに、もう少し丁寧にほぐしたいんです。

私が思う「自分次第」の意味は、「誰かや何かを老後の保険にしようとしない」ということ。

子ども、パートナー、お金、健康——これ全部を「老後の安心材料」として積み上げようとすると、どこかで「まだ足りない」になる。それって、キリがない。

じゃあ何が土台になるかというと、私は「健康な体を持ち、自分の足で生きられること」が最大の老後対策だと思っています。精神論じゃなくて、本当に仕組みとして。動ける体がある、判断できる頭がある——これがあれば、何があっても対処できる可能性が格段に上がる。それは子どもがいてもいなくても、パートナーがいてもいなくても、変わらない土台です。

「したいからやる」というシンプルな動機だけで、動いていいんです。

不安から行動しても、義務感から行動しても、長続きしない。運動も、貯金も、人との関係も、「これをやらないと老後が怖い」じゃなくて「これをやると今の自分が気持ちいい」から始める。その方が、再現性がある。

それと、もう一つ触れておきたい話があります。

もし本当に子どもと暮らしたい、子どもと関わりたいという気持ちがあるなら——養子縁組という選択肢があります。日本では特別養子縁組・普通養子縁組の制度があり、条件はあるものの、血縁関係がなくても法的に親子関係を結ぶことができます。

「老後が不安だから」じゃなく、「純粋に子どもと家族になりたい」という動機があるなら、検討する価値は十分にある選択肢です。動機が「自分がそうしたい」から来ているかどうか。それだけが判断基準でいい、と私は思っています。世間体でも、不安の解消でもなく。

じゃあ、今日から何をする?——「老後の不安」との付き合い方

ここまで読んでくれてありがとうございます。もう少しだけ、具体的な話をします。

「不安をゼロにしよう」は、やめた方がいいと思っています。不安は情報です。「何かに備えろ」というシグナル。だから消すんじゃなくて、「この不安は何を教えてくれているか」を聞いてあげる。それだけで、だいぶ楽になります。

具体的に今日から動けることは、こんなことがあります。

お金の面:NISAやiDeCoは独身でもフル活用できます。特にiDeCoは所得控除があるので、税金的にもメリットが大きい。「老後2
000万円問題」と聞くと怖くなるけど、月々の積み立てを仕組み化してしまえば、あとは放置でいい。今日口座を開くだけで、未来の自分への贈り物になります。

健康の面:定期検診は年に一度、必ず受ける。これだけで「気づかなかった」リスクがかなり下がります。あとは、なんでもいいから体を動かす習慣を1つ持つこと。ジムじゃなくていい。私は近所を30分歩くだけで十分だと思っています。ハードルを下げるほど続く。

つながりの面:「孤立しない」は、「常に誰かといる」じゃないです。「何かあった時に連絡できる人が数人いる」という状態が作れれば十分。友達、職場の人、ご近所さん、コミュニティ、なんでもいい。深い関係じゃなくていい。連絡できる、という事実があればいい。

そして最後に一番大事なことを言うと、「完璧な準備が整ってから安心する」は、たぶん一生来ない。今の自分を大切にすること。それが先。準備は、そのあとについてくる。

おわりに:正解はないけど、あなたはすでに十分やっている

「老後が不安かどうか」より、「今をどう生きるか」の方が、ずっとリアルな問いだと私は思っています。

独身で、子どももいなくて、それでもここまで自分の力で生きてきた。それって、たいしたことじゃないですか。本当に。「でも〜」で打ち消さないで、一回ちゃんと受け取ってほしい。あなたがここまでやってきたこと、誰にも奪えないです。

何かを選ばなかったことへの罪悪感は、手放していい。結婚しなかったことも、子どもを持たなかったことも、「失敗」じゃない。あなたの人生の、あなたの現実です。

私はこう思っています。不安の正体を知って、今の自分を認めて、「したいからやる」という動機で動いていけば、老後はそんなに怖くない。少なくとも、「何かがあれば幸せになれる」と思って今を消費するより、ずっといい。

あなたはどうしたい?

それだけ聞いて、締めます。

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